大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(ネ)1778号 判決 1995年6月26日

控訴人(原告) 栗原章

右訴訟代理人弁護士 本間勢三郎

被控訴人(被告) 東総興産株式会社

右代表者代表取締役 宇津木普是

右代理人支配人 恒次耕一郎

主文

一  原判決中、控訴人の敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録記載の土地及び建物についてなされた別紙抹消登記請求目録記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二事案の概要

本件事案の概要は、次の一のとおり補正し、二のとおり新たな主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第二項記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の補正

1. 原判決二枚目表四行目「原告の」から同五行目の「欠くし」までを、「原告が、その所有する土地建物に設定されている根抵当権設定登記等は登記原因を欠く不実の登記であり」に改める。

2. 同一〇行目から同裏一行目までを、「原告は、もと南麻布の土地建物(控訴審判決の別紙物件目録記載の土地建物に同じ)を所有し、また、広尾の土地建物を所有しているところ、南麻布の土地建物には別紙第一抹消登記請求目録記載(控訴審判決の別紙抹消登記請求目録の記載に同じ)のとおりの、広尾の土地建物には別紙第二抹消登記請求目録記載のとおりの各登記がなされている。」と改め、同五行目の「以下」の次に「右土地と建物を合わせて」を加える。

3. 同三枚目表五行目の「求められているので」から同裏二行目までを「求められ、控訴人についてはその自宅である南麻布の土地建物に極度額一億円の根抵当権を設定するよう要求されている旨告げられ、同月二七日の融資実行までの間の形式を整えるために設定する根抵当権であり融資実行の際に必ずその登記を抹消するので、協力してもらいたい旨依頼された。控訴人は、小沢隆三が、京葉貿易の被控訴人に対する借受金債務はない旨言明したので、前記の条件で南麻布の土地建物に担保を設定することを承諾した。そして、控訴人は、同人との間で、右融資実行日に控訴人らと京葉貿易との栗原ビルの売買契約を締結することを合意した。」に改め、同六行目の「斎藤清一」の次に「(以下「京葉貿易代表者」という。)」を、同行の「宇津木普是」の次に「(以下「被控訴人代表者」という。)を、同八行目の「いないこと」の次に「並びに融資実行の際に右根抵当権は抹消されること」をそれぞれ加える。

4. 同四枚目表一行目の「被告会社に」を「売買契約締結の場に」に、同五行目の「期限を限定して」を「限って、条件付きで」に、同九行目の「負担している」を「負担し、控訴人が右債務を連帯保証する」に、それぞれ改め、同一一行目の「また、」から同裏四行目までを削除する。

5. 同八行目の「7」の次に「被控訴人代表者は、京葉貿易に対し栗原ビル購入資金を融資する意思がないにもかかわらず、京葉貿易代表者及び小沢隆一と共謀し、右意思があるように装って控訴人から金員を騙取したものである。また、」を加える。

6. 同五枚目表三行目の次に行を改めて、次のとおり加える。

「8 なお、南麻布の土地建物は、平成五年五月一七日付けで、控訴人の持分全部につき訴外株式会社松栄に所有権移転登記がなされているが、これは、控訴人が右会社から平成五年二月一二日に借り受けた金員の担保とする趣旨で、名義を移転したにすぎない。」

7. 同六枚目裏一一行目の「第五号証」を「第五号証の一」に、同七枚目表三行目の「土地建物」を「建物」に、それぞれ改める。

8. 同九行目の次に、行を改め、次のとおり加える。

「また、控訴人は、南麻布の土地建物について、平成五年五月一七日、株式会社松栄にその所有権を譲渡し、所有権を喪失した。」

二  控訴人が当審において付加した主張

1. 控訴人

控訴人と被控訴人との間の、南麻布の土地建物についての根抵当権設定契約は、平成四年一一月二七日に予定されていた京葉貿易と控訴人らとの栗原ビルの売買契約の成立を解除条件としていたところ、被控訴人は、正当な理由はなく京葉貿易に対する融資を実行せず、右売買契約の成立を妨害した。

したがって、解除条件は成就されたものと擬制され、右同日、右契約は失効した。

2. (被控訴人の主張)

控訴人主張の右事実はすべて否認する。

第三当裁判所の判断

一  <証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1. 控訴人は、平成三年五月、父栗原利重が死亡した後、同人名義で着工していた栗原ビルの敷地を母栗原竹子と共に相続するとともに、右ビルの建築工事を引き継ぎ、平成四年三月に栗原ビルを完成させた。しかし、控訴人は、栗原ビルを担保に富士銀行から六億五〇〇〇万円の融資を受けており、その金利の支払いに窮していたほか、栗原ビルに思うように借り手がつかず、また、父の相続税二億二五〇〇万円が課されたことから、敷地ごと栗原ビルを売却することとした。

その後、一六億五〇〇〇万円での買受け希望者が見つかり、控訴人は同人との売買の話を進めたが、同人に騙され、栗原ビルを同人の借入れのために小野塚清(以下[小野塚]という。)に対し譲渡担保に供した結果、栗原ビルは同年八月二〇日付けで、小野塚に所有権移転登記がされるに至り、また、右買い手希望者とは連絡がとれなくなり、契約は不成立となった。控訴人は、小野塚の債権については後に売買代金で清算することとし、さらに、栗原ビルの売却を進めることにした。

2. 控訴人は、同年一〇月初旬ころ、京葉貿易と関連のあるプロジェクト優株式会社の小沢隆三(以下「小沢」という。)から、栗原ビルを京葉貿易において買い受けたい旨の申し出を受けた。そして、控訴人は、その後、小沢を通じて交渉した結果、小野塚と和解をした上で代金一六億円程度で売却することとした。

ところで、控訴人は、小沢や京葉貿易代表者から、資金難であるため、被控訴人から代金全額の融資を受けるつもりである旨告げられ、融資が可能になるよう、京葉貿易代表者らと被控訴人会社に同道し、被控訴人代表者に対し、栗原ビルを京葉貿易に売却する意思が確実である旨、右ビルの所有名義人の小野塚との間では売却代金の中から清算して解決するので、売却には支障はない旨、また、共有者である母栗原竹子は、その意思能力が問題になるため、控訴人が財産管理人となって家庭裁判所の売却許可の審判を得る旨説明した。これを受けて、被控訴人代表者は京葉貿易に栗原ビルの買い受け資金を融資することを承諾した。

3. 控訴人は、同年一〇月二六日、東京家庭裁判所において母竹子の財産管理者として、共有の栗原ビルを一六億円で売却するについての許可審判を得たので、小沢、京葉貿易代表者、さらに名義人である小野塚と協議し、代金一二億円で、同年一一月九日に栗原ビルの売買契約を締結することとした。

その際、控訴人は、被控訴人代表者から、融資のためには事前に契約書を用意するよう要請されたため、京葉貿易代表者との間で、京葉貿易が同月八日に手付金として二億円支払い、翌九日に残金一〇億円を支払う旨を記載した契約書(乙一三)を予め作成した。

しかし、右予定日であった同月九日には、小野塚が直前に、栗原ビルに極度額三億円の根抵当権設定仮登記を付けるなどしたため、被控訴人にこれを問題にされて融資の実行を延期され、さらに、再度予定した同月一二日も、融資を延期された。

4. 控訴人は、同月一五日、小沢から、被控訴人会社は同月二七日に融資実行を予定しているものの、再三の延期で調達した資金の金利の損失を被ったため、再度延期になった場合の損害の保証として京葉貿易及び控訴人において一億円の担保を出すよう要求しており、これに従わなければ同月二七日に融資を受けられないので、京葉貿易においては連帯保証人を付けるが、控訴人においては自宅に根抵当権を設定して協力してほしい旨告げられた。

控訴人は、小沢が、京葉貿易は被控訴人に債務を負っていない旨述べたので、栗原ビルの早期売却のためには、右依頼に応じて、控訴人の自宅である南麻布の土地建物に担保を設定することもやむを得ないと考えた。そのため、控訴人は、同月一六日、京葉貿易代表者とともに被控訴人会社を訪れたところ、被控訴人代表者は、同月二七日に融資を実行することを約し、京葉貿易と控訴人間の栗原ビルの売買契約が成立した際には、必ず抹消する旨確約した上で、被控訴人所有の南麻布の土地建物に極度額一億円の根抵当権を設定するよう要請した。そして、被控訴人代表者は、京葉貿易代表者に対しては、被控訴人の条件を満たした場合に同月二七日までに最高金額一五億円までを融資する旨、右条件は同月二四日までに提示する旨の融資実行予定証明書(乙三号証)を交付し、控訴人に対しては、右のとおり、南麻布の土地建物に設定する根抵当権設定登記は栗原ビルの売買が成立した際に抹消する旨の確認書(甲一号証)を作成の上、差し入れた。

そこで、控訴人は、京葉貿易代表者に、被控訴人に対する借受金債務がないことを確認の上、被控訴人代表者から示された、被控訴人と京葉貿易との間の金一億円の金銭消費貸借契約書(乙五号証の一)、極度額を一億円とする限度付根保証等承諾書(乙一号証)の各連帯保証人欄・極度額一億円の根抵当権設定契約書(乙二号証)の設定者欄にそれぞれ署名押印し、南麻布の土地建物の権利証を交付した。

5. 他方、控訴人は、買主側の事情で契約が不履行になったときを慮り、同月一二日に京葉貿易代表者及び小野塚を交えて、栗原ビルの契約につき、同月二七日を実行日の最終日とし、同日現在における権利関係には今後変更がないことを契約の前提とすることの確認と、右変更がないにもかかわらず違約した場合には相手方に一億円の違約金を支払うことを定め、その旨の確認書(甲二)を交わした。

また、控訴人は、融資実行予定日の前日である同月二六日、被控訴人代表者の指示を受けて、小沢、京葉貿易代表者、小野塚とともに被控訴人会社に集まり、被控訴人代表者の立会いの下で、翌日の融資実行や栗原ビルの売買契約の締結に必要な書類等を点検し、翌日の契約の実行になんら支障がないことを相互に確認し合った。

6. ところが、控訴人が、同月二七日、小野塚及び当日清算を予定していた優先抵当権者である富士銀行の担当者等を同道して、契約締結のために被控訴人会社に赴いたところ、暴力団組員風の者が参集しており、京葉貿易代表者や小沢を相手に騒ぎたてている様子であり、被控訴人代表者から、混乱していることを理由に退室を求められた。そして、結局、被控訴人は、右同日、融資を実行しなかった。

控訴人は、右同日も、その後においても、京葉貿易代表者や被控訴人代表者から、右当日の事情や、京葉貿易に対する融資を拒否する理由について説明を受けられないまま、京葉貿易との栗原ビルの売買契約は不成立となった。

また、その後、栗原ビルには、京葉貿易の関係者が多数、不法占有を始めた他、京葉貿易は、控訴人に対し、前記の予め作成した売買契約書の記載をもとに、手付金二億円を支払ったことを前提とし、五億円の支払請求訴訟を提起した。

二  以上の事実によれば、控訴人は、被控訴人との間で、京葉貿易との栗原ビルの売買契約の成立を解除条件として、自ら所有する南麻布の土地建物につき京葉貿易を債務者とする根抵当権の設定に応じ、これに基づき、右根抵当権設定登記及びこれに付随する条件付賃借権設定登記が経由されたこと、しかし、被控訴人が、京葉貿易に対する融資実行を拒んだために、右売買契約が不成立となったことが認められる。

そして、右契約の不成立の原因を検討するに、前記のとおり融資予定日であった同年一一月二七日の前日、被控訴人代表者が、控訴人、栗原ビルの名義人小野塚や京葉貿易代表者とともに、売買契約の締結にはなんらの支障もないことを確認し、翌日の融資実行を確約していたにもかかわらず、被控訴人は、前記の暴力団員風の者による騒ぎを理由に、以降、控訴人に対してなんらの説明もすることなく、京葉貿易への融資実行を拒否したものであり、更に、右当日の騒ぎは、それ以前にはなかった出来事であって、不自然で意図的とも疑われること、甲第一八号証の一、乙第二九号証によれば、被控訴人は、実際には京葉貿易に対する一〇数億円の融資のための確定的な資金手当をしてはいなかったことが窺われることをも勘案すれば栗原ビルの売買契約の不成立の原因は、被控訴人が、正当な理由なく、約束に反し、買主である京葉貿易に買受資金を融資しなかったことにあるというべきである。

この点、乙第二二号証(被控訴人代表者の陳述書)及び被控訴人代表者本人尋問の結果中には、融資実行予定日の前日に、京葉貿易代表者から、栗原、小野塚間に解決していない部分があると聞いたので、翌日の融資実行は見合わせる旨通告した旨の記載ないし供述部分があり、乙第二六号証(京葉貿易代表者の尋問調書)にも、前日、所有権が小野塚に移っていたり、よく分からない占有者がいることなどがあって、融資を断られ、翌日話合いをすることにしたとの記載があるが、これらは甲第四号証、第一八号証の一、控訴人本人尋問の結果に照らし、採用することができない。

むしろ、前記認定事実のとおりの、売主である控訴人をして、自宅である南麻布の土地建物についての京葉貿易を債務者とする根抵当権設定契約に応じさせた事情や、広尾の土地建物については、根抵当権設定契約の成立を認めるに足りる証拠はなく、故なく根抵当権設定登記等を経由しているといわざるを得ない背信的事情もあることなどに照らせば、被控訴人と京葉貿易において、栗原ビルを売却しようとしていた控訴人の財産から不当な利益を得ようと画策したとの疑いも強くもたれる。

そうすると、前記のとおりの南麻布の土地建物についての根抵当権設定契約は、被控訴人が解除条件の成就を妨害したものというべきであり、これにより右解除条件は成就したものとみなされるから、被控訴人は、右根抵当権設定登記及びこれに付随する条件付賃借権設定仮登記を抹消すべき義務を負うものと認められる。

三  ところで、被控訴人は、南麻布の土地建物は、現在、控訴人が訴外株式会社松栄に所有権を譲渡し、所有権を喪失している旨主張する。

なるほど、甲第一五号証によれば、南麻布の建物について、平成五年五月一七日、控訴人の持分二〇〇分の一につき、右同日の譲渡担保を原因として株式会社松栄への所有権一部移転登記が、残りの持分二〇〇分の一九九につき、右同日の共有物分割を原因として、同会社への控訴人持分全部の移転登記が、それぞれ経由されていることが認められるが、控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は、同会社から、金一〇〇〇万円位を借り受け、譲渡担保として、南麻布の建物について所有権移転登記を経由したものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、右甲第一五号証をもってしても、未だ、控訴人が、株式会社松栄に対し、南麻布の建物の所有権を譲渡し、完全に所有権を喪失したことを認めるには足らないというべきであり、他に、右事実を認めるに足りる証拠はない。

そして、譲渡担保の設定者においても、内在的所有権に基づく物権的妨害排除請求権は失わないものと解すべきであるから、控訴人は、南麻布の建物についても、被控訴人を権利者とする根抵当権設定登記及び条件付賃借権設定仮登記についての抹消登記請求権を失ってはいないものというべきである。

第四結論

以上によれば、控訴人の本訴請求は理由があり、認容すべきである。

よって、右と結論を異にする原判決は失当であり、本件控訴は理由があるから、原判決を取り消して控訴人の請求を認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 鬼頭季郎 三村晶子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例